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Star of Darniea

 



レオンハルト・ザノベッティ     二十四歳
ダルニア聖騎士団「オーディーン」 二番隊「バルダー」  隊長

 



 宙陽暦7415年7月27日

 惑星ダルニアのエリア0、通称アスガルト。もちろん他の星々と同じく政府関係の建物が立ち並び、一般人の居住地区はない。

 そして、もう一つの大きな特徴がそこを取り囲む巨大な城壁であった。その大きさに見合った城門が東西南北に四つ。城壁外面に沿ってぐるりと”ゼロ街道”があり、そこから八方向に八つの都市(エリア)に向かってまっすぐに街道が走っている。

 ノアとは違い、街道沿いに広がって行く町はまだなく、街道の交差する所に検問所と小さな休息所や宿場があるだけだ。

 宿場に人が溢れることはまずなかった。だが、この日は昼から人が集まっていた。彼らは青で統一され、鎧を着て剣を帯びている。

 ダルニア自治政府直轄のダルニア聖騎士団、俗称を”オーディーン”と言う。”青き風の騎士”とも呼ばれている。

 二十人程の騎士が宿場の入口内外にたむろしていた。

 その中に一際目を魅(ひ)く若者がいる。

 黄金の長めの髪を風にまぶらせ、一度見ると二度と忘れ得ぬ様な美しさを持った男であった。彼の気品は戦場には似合わないだろう。だが、実戦は初めてではなかった。緊張の様子などこれっぽっちも見えない。常に戦場では無表情の男であった。

 そこへもう一人、勇猛な大男が現れた。身の丈は180m程で、筋骨隆々たる精悍な男である。

 この男こそ聖騎士団にこの人ありと謳(うた)われた”龍神(ドラゴンズ・ゴッド)”、趙流元(ちょう・りゅうげん)であった。彼は聖騎士団一番隊”ロキ”を率いる。

 ここはアスガルト(エリア0)とネルトリンゲン(エリア8)を結ぶ0.8.街道(ルート・ゼロ・エイト)と、ニオン(エリア5)とバシェロ(エリア6)を結ぶ5.6.街道(ルート・ファイブ・シックス)の交差地点でネルトリンゲンの0ブロック、アーヴァンテュスであった。

 趙流元は黄金の美男子にまっすぐに歩を進めて近付いた。

「レオンハルト、我らはバシェロに向かう。ニヴィス・ハイリィがうろついているらしい」

「ニヴィスが…」

 涼風の様な声が答える。

「デュラハンの動きも気になるがな。団長の命令だ。一番隊、二番隊はバシェロまで同道する。三・四・五番隊がネルトリンゲンへ」

「ニオンへは行かんのですか?」

 レオンハルトの側にいた男が趙流元に尋ねた。

 この男は三番隊”トール”の隊長ラムサス・ヴァン・ブームである。

「デュラハンに十六番隊(アングルボダ)がやられたんだ。そうも行くまい」

「ですが、デュラハンはシーネリスへ向かったって言うじゃないっスか」

「噂だな。戦場の噂など中央には聞こえんよ」

「レイテュスが襲撃を受けたって話は?」

 又、別の男が口を挟む。

 五番隊”ヘイムダール”の隊長であるシン・シュヴァリだ。

「アリクトレアからの一軍だ。トレミィ・ウォン達が向かっている。おまえ達が心配する必要のないことだ。命令は下ったのだぞ。ラムサス、そっちは君が指揮を取れ」

 趙流元は手でレオンハルトに追随を促し、踵を返した。

 各隊は五人のメンバーで編成されている。それぞれの隊が自らの隊番を付けたジープに乗り込む。

 No.1とNo.2は北に進路を変え、No.3・No.4・No.5は西、ネルトリンゲン(エリア8)へと出発した。

 レオンハルトは助手席に座り、前を行く一番隊のジープを見つめている。

 後部の荷台で三人が座って話していた。

「バシェロだって?」

 一番若いレアモンド・サークの声だ。

「らしいな」

 低い声は年長のダン・カトーである。

「俺、初めて行きますよ」

「遊びじゃねぞ、レアモンド」

 野太い声が応えた。体躯の良い、ジェラール・レンブラントである。

「でも、その…」

「ニヴィス・ハイリィ、だろ」

と、低い声。

「そうです。で、何者なんです?」

「おめェはそんなことも知らねェでバルダーにいるのかァ」

と、太い声。

「仕方ねェさ。良いか、レアモンド。ニヴィス・ハイリィって男はなフェンリルの 団長(チーフ・コマンダー)だ。話じゃ、あの”龍神(ドラゴンズ・ゴッド)”さえも手に余るってよ」

「えっ!ホントですか?」

「ウソかよゥ。七年と一一年の暴動でも二人は一戦交えたって言うしな」

「噂によると、元聖騎士なんてのもあるぜ」

 ジェラール・レンブラントがダン・カトーの後を継いだ。

「もしそうだとしたら簡単に分かるでしょう?」

「ニヴィス・ハイリィの正体がか?ハハッ、笑わせる。レアモンド、誰も見た奴なんて居ねェんだよ。唯一、”龍神(ドラゴンズ・ゴッド)”だけがニヴィス・ハイリィの顔を見た男だ」

「なら、” 龍神(ドラゴンズ・ゴッド)”に聞けば分かるじゃないですか」

「バカを言え。” 龍神(ドラゴンズ・ゴッド)”はなあ、ニヴィス・ハイリィとの一戦さえも否定してるんだ。負けたのがそんなにまでも恥ずかしいことかねェ」

 ダンは言葉の末を小声で言った。

 少しの間、沈黙が起こった。

「そういやァ…」

 ジェラールが邪魔くさ気に声を絞り出す。

「よゥ。趙隊長には双児の兄貴がいたってなァ。死んじまったって言うか、殺されたって話だがな…。まっ、敵って訳よ」

 又、沈黙が重くなる。

 が、今度はダンが破った。

「どうりで、皆が口を揃える訳だ。団長のランファン・アッシャーも黙ってる訳だな」

「フ~ン。…そう言えば、ダン・カトー、団長さんは何であの女(ひと)なんですか?戦士(ファイター)や騎士(ナイト)には見えませんけど…」

「確かにな。策士(コマンダント)でもねェよ。貴族(ロード)さ。シュラム・ルーヴィッヒ公爵の姪(めい)でな、公爵の妹の娘ってことだ。中々の切れ者らしいがな」

「知的な女性(ひと)ってのはわかりますけども…」

「何だ?」

「…いえ、俺には関係のないことですね」

 レアモンド・サークの言葉に、ダン・カトーは朗々と笑い飛ばし、ジェラール・レンブラントは苦々しそうに口元を曲げた。

「おまえだけじゃないよ。皆そうさ。皆、あの女に余計な世話を焼きたがる。ホント、俺達にゃあ関係ねェことだ」

 とうとう、ジェラールも声を出して笑いだし、レアモンドも三つ目の合唱に加わった。

 

 

 蒼々とした鎧はダルニア聖騎士団の誇り。その下には純白の衣をまとう。袖は二の腕を覆い、大きな袖口からは肘から先が出ている。冬はこの白衣の下に黒の長袖を身に着け、黒革の手袋をはめる。この時季は手首までの戦闘用手袋(バトル・グラブ)か、素手である。足の方は、これ又白のトラウザーが黒光りするレザー・ロングブーツの中まで伸びている。

 現在、聖騎士は百人。各隊五人で一番隊から二十番隊まである。各隊の隊長一人が青いマントを身にまとう。副団長は白のマント、そして、団長は黒のマントである。

 余談であるが、団長直属で主に情報収集任務を常時行っている特殊諜報部隊”ワルキューレ”がある。その名の通り、メンバーの全てが女性で白い衣に赤炎の鎧、赤のマント、そして、赤い鉄冑を被り、両眼はマスクに覆われている。実際にその姿を見た者は数少ない。

 再び聖騎士の鎧に話を戻そう。

 レオンハルト・ザノベッティを例に取ると、右肩には修行場を示す騎士の紋章(ナイツ・エンブレム)として騎聖院の紋章を、左肩にはチームエンブレムとして聖騎士団の紋章と数字が記されている。紋章に重ねてかかれた数字は隊番であり、彼の場合は「2」だ。そして、右胸上部に階級章(クラス・エンブレム)として勇者の印(クレスト・オブ・ブレイブマスター)が輝いている。これら紋章すべて金色であるし、他の飾り紋様も同色であった。マントの裾に施された刺繍も同様に金色である。

 二番隊(バルダー)の他のメンバーは各々に騎士の紋章(ナイツ・エンブレム)と階級章(クラス・エンブレム)を持ち、彼らの経歴と実力を示している。

「――そりゃもう、感激しましたよ。あんまり小さい時の話ですから良くは憶えていないんですけど、”龍神(ドラゴンズ・ゴッド)”に初めてここで会った時にハッキリと思い出したんですよ。多分、俺の見た白マントの男はあの人に似てたんですよ…」

 レアモンド・サークの陽気な声が自己の過去を語っていたのだ。

 彼らが顔を会わすのは月に一度か二度でしかない。こんな時は良く話が弾む。殊にレアモンドの場合、初めての実戦参加で緊張しているため、いつもより冗舌になっていた。

 その彼の言葉にダン・カトーが眼を光らせた。

「白のマントだと?」

 それは詰問するような声音であった。

 ジェラール・レンブラントまでもが表情を硬くしたのを見れば、その単語がいかに重要かつ意味深いものであるかが窺われた。

「ええ…、これだけは間違いありません」

 少しの戸惑いを見せながらレアモンドは言い切った。

「…副団長だな…」

 ダンは遠い記憶を呼び覚ますように手で顔を拭う。

「副団長?居ないんじゃないんですか?」

「今はな…。事実上は趙流元隊長が副団長だが、どうしてか正式には断わっているらしいな」

「何故なんです?」

「フフッ…。おまえの見た男さ…、レアモンド。それが答えだ」

「……?」

「…おまえの見たその男こそ”龍神(ドラゴンズ・ゴッド)”の双児の兄だからさ。名前は知らんがね」

「何故、兄の遺志を継がないのでしょうか」

「復讐が果たされていないからだろうかな。それ以上のことは分からんし、踏み込んで知る必要もない」

「…そ、そうですねェ…」

 少し残念そうに漏らす、レアモンドであった。

 ピクニックの様な雰囲気で、又、話が弾む。

 バシェロ(エリア6)まであと二時間ほどかかる。

 

 

 2台のジープは騎士団の詰所前で停止した。

 出迎えが何人も集まって来る。

「ご到着っ!」

 奇声を上げて一番隊(ロキ)の陽気な男、レン・シュヴァイヴァーが真っ先に飛び降りた。

 続いて趙流元や他の三人が降車する。

 レオンハルトらも1番隊の所に寄って、出迎えを待つ。

 出迎えに出て来たのはダルニア政府軍将校であった。

「御無事で何よりですな。途中でゲリラには遭いませんでしたか?」

 へつらった中年の男だ。

「ニヴィスは本当に居るんだろうな」

 詰所に向かって歩を進めながら厳しい眼で男を一瞥する、趙流元。

 レオンハルトもその将校の様子をあまり見る気にはならなかった。

「今、特殊部隊が西のブロックに追い込んでいるところです。時間の問題ですな」

 将校は自慢気にそう話すのだ。

「良かろう、補給を受けたらすぐ我々も行こう」

 そう言って、冷たい瞳を男に向けて右手を差し出す。

「聖騎士団一番隊隊長趙流元だ」

 男も慌てて手を出しながら名乗る。

「ああ、私は第四軍三八歩兵中隊隊長シャルル・ド・マルモンです」

 深緑の軍服の右胸に国士の印(クレスト・オブ・コマンダー)が刺繍されている。

「コマンダーかね」

「Yes,Sir. チーフ・コマンダーです」

 二人は握手を終え、シャルル・ド・マルモンの案内で詰所の建物に入って行く。もちろん、他の騎士らも続く。

 

 趙流元はシャルル・ド・マルモンと作戦室(ブリーフィング・ルーム)へ、他の九人は食堂へ通された。

「なっかなか、いけるじゃないの」

 レン・シュヴァイヴァーが口中にハンバーガーを頬張りながら満足気に声を上げている。

「”レンブラント”は無事だって?」

 一番隊(ロキ)のミッシェル・ルイ・ネイが聞いた。

「あの辺りも戦火はあったよ。僕の実家が近くでね」

と、少し肩を落とす、一番隊(ロキ)のジョニィ・クラフツ。

「無事だったのか?」

 ダン・カトーが聞く。

 ジョニィは首を横に振った。

「半分だけ残ったよ…」

「それは大変だな…。ちょうど良い。作戦は明日からだし、行って来ると良い」

と、レオンハルト・ザノベッティ。

「ええ、そうさせてもらいます」

「よっしゃ!俺も途中まで行くぜ」

「”レンブラント”だろ?俺も行くからな」

 レンの声に続いて何人かが声を上げた。

「隊長はどうします?か~わゆい娘がいるんですよ、これがァ」

 二番隊車を運転していた、アーノルド・クラウツァが笑いを崩した。

「いや、私も行く所があってな」

 笑みを返して軽く手を振るレオンハルト。

「女性(おんな)ですか?」

 遠慮なくレンが尋ねた。

「フッ。まあ、そんなとこだ」

 照れを隠す様に笑って、レオンハルトは答えた。

「じゃ。お邪魔はなしだ。行こうぜ、ジョニィ」

 レン・シュヴァイヴァーと共に五人が出て行った。

 残ったのはレオンハルト、ダン・カトー、ジェラール・レンブラントの三人。

 ダンが苦笑と共に息を吐く。

「やつらも若い…」

「おまえ、そんな年だったか?」

と、茶化すジェラール。

 レオンハルトが声を出して笑う。

「彼らも久々の実戦で硬くなっている。作戦前だ、少しリラックスさせてやれば良い」

 そう言って、彼は紙コップの中身を飲み干した。

 ハンバーガーの最後を口に押し込み、ダンは真顔で彼に尋ねる。

「隊長、”龍神(ドラゴンズ・ゴッド)”は本当に明日(あす)、やる気なんですかねェ」

 ジェラールの眼も真剣そのものに輝く。

 レオンハルトはゴミをゴミ箱へ放り込み、二人に向き直った。

 彼も又、両人と同じ事を考えていたのである。

「まさか、とは思うが…。彼が”龍神(ドラゴンズ・ゴッド)”ならば…そんな容赦はしまい。私の、そして、君達の知る”龍神”ならばな…」

 そう、力を込めて答えた。

 二人もその言葉に首肯して満足気だ。

「なら、俺は車を一つ手配して来ますよ。あいつら、ジープで行ったかも知れませんしね」

「そうだな」

 彼の短い答えを背に受けて、ダンは食堂を出て行った。

「俺はもう一つ喰ったら行きますよ。何処に居ます?」

「そうだな、休憩室(ブリージング・ルーム)に行ってるよ」

「了解」

 ジェラールの答えを聞いてから、踵を返して、彼はここを後にした。

 

 

 しばらくして、ダンとジェラールが連れ立って休憩室(ブリージング・ルーム)に入って来た。

 レオンハルトは兵士達から色々と情報を聞き集めているところであった。

 二人の様子が先程までと打って変わり、妙に明るい。

「どうした?」

 彼は少し呆気(あっけ)に取られながら聞いた。

「ジープは二台共残ってました。今、整備員に頼んであります」

と、ダン。やはり声も明るい。

「さっきのは方便じゃなかったんですなァ」

 感慨深げな言葉遣いではあったが、ジェラールも明らかに笑いを含んでいた。

「方便?何かあるのか?」

 彼は冷静さを装う。

「隊長に面会人ですよ。お供付きでね」

 ダンがそう言うと、二人して楽しそうに笑い声を上げた。

 その時には、彼はすでに立ち上がっていた。動揺の色は隠せないでいる。

「ここに居ることを話したのか?」

「VIP(ビップ)ルームで待ってますよ」

と、意地悪に笑う、ダン。

「会わずに済むまい」

 意を決して、諦(あきら)める、レオンハルト。

「随分若い娘(こ)ですね」

「若すぎるよ。Oh,My God !」

 そう言って観念すると、よもや躊躇せず部屋を後にする。

「付いて行きましょうか?」

 ジェラールも意地悪に聞く。

「勘弁してくれよ」

 そう言い残して、彼は待ち人の所へと向かって行った。

 足取りは重く。気も重く。闇に向かって歩いているようだ。

 程なくVIPルームに着いた。

 衛兵が二人、ドアの両脇に立っている。

 彼らに苦笑で応え、インターカムを押す。

「ブレイブ・マスター、レオンハルト・ザノベッティです」

 内から扉が開かれた。

「どうぞ」

 老紳士が彼を招き入れる。

 内に入り、扉が閉じられると、彼は彼の面会人に挨拶した。

「お久しぶりです、レディ・シマヅ」

「あらっ、洋子でよろしくってよ、レオンハルト。ホント、お久しぶり」

 そう答えたのは部屋の中央に腰掛けた十四・五の娘である。

 他に二十歳前後の侍女が四人その脇に座り、四人の頑強な男が少し離れて立ち、先程、扉を開けてくれた彼女のおもり役である老紳士が彼の横にいる。

 レオンハルトは侍女の一人と一瞬瞳を交わした。

「で、今日は何用です、レディ・ヨウコ」

 彼はそう優しく問いかける。

 洋子の人を寄せ付けない雰囲気が崩れ、少女らしい顔つきに一変した。まるで魔王の呪文から解放されたように…。

 これが彼女の淋しがりやの一面であることに彼は気付いている。

「今月はもう来て下さらないのかと思って…。私…あれから反省もしたわ。みんなにもゴメンナサイって謝ったわ。みんな、許してくれたのよ…。でも、レオンハルト、貴方は…」

 彼は洋子に近付き、彼女の言葉を制した。

「私はもう、怒ってませんよ」

「ホントゥ?」

「…でもね。もう少し、分かってくれると思ったけど…」

「もう少しって…。どういうこと?レオンハルト」

 彼は両手を腰にあてがい、ため息を一つ落とす。

「貴方は一体誰なんですか。この戦時下に大名行列ですか。少しは周りの事を考えなさい!」

 レオンハルトの眼は彼女の小さな心臓(ハート)を射し、彼の言葉は重く、冷たく彼女の頭を打った。

「やっぱり…怒ってるゥ…」

 涙声がすすり泣きに変わって行く。

 彼は両手をテーブルに突いて、冷静な口調になった。

「私でさえもこれだけ緊張している。ゴメンナサイでは済まないことだって起こり得(う)る状態なんだよ。兵隊ってのは少なくとも人間じゃない。世間の道理は通用せんのだよ。ここに居るのは機械人形(マシーン)か野獣のどちらかさ…」

 レオンハルトが顔を覗(のぞ)き込んでいるのを知ってか、洋子は泣き止んで行く。

「…でも…会いたかったの…」

 か細い声が耳に届いた。

「これからすぐに作戦が始まる。その前に君の所に寄るつ

もりでいた」

 レオンハルトはくるりと背を向ける。

「もう少し、大人になっていただかないと、もう会えませんよ」

 ハッと顔を上げる洋子。

 彼の背はドアの側にまで遠のいていた。

「貴方の眼にはまだ貴方自身しか映っていない」

 言いながら彼女の方を振り返る。

「貴方は今、階段の途中にいる。…今のままだと、昇り終えるまでに崩れて行きますよ。私は早く昇れとは言ってません。自らその階段を壊すことのないようにと申し上げているのです、マイ・レディ」

 彼はドアを開けた。

「さあ、もうお帰りなさい。ここも敵が何時攻撃して来るか分からないのですよ。さあ。途中までは部下を護衛に付けますから…」

 洋子はゆっくりと腰を上げ、押し黙ったままレオンハルトの側まで来て立ち止まった。

「ゴ…ゴメンナサイ…。又、家庭教師には来ていただけますか?」

 元気のない声だった。

「ああ、今回の分も埋め合せしよう」

「分かりました」

 幾分か声に明るさが 甦(よみがえ)り始めている。

 老紳士が先(ま)ず外に出て、洋子の後に二人のボディーガード、そして侍女達…。

「アン…」

 レオンハルトは侍女の一人を小声で呼び止めた。彼女、アンダルシア・フランチェスカ・エリアスは三つ歳下である。

「アンダルシア、これを…」

 そう言って、彼は手紙を彼女に渡した。

 他の侍女達は事情を知っているため、見ぬ風を装ってドアを通って行く。

「レオンハルト様…」

 物言いたげな彼女を手で促し、外へ出す。

 二人のボディーガードと苦笑を交わした。

 そして、最後に彼がこの部屋を出て、扉が閉じられた。

 天井の明りがスウッと消えて、闇の中に立った一つの光が残された。

 それは一人の少女の淋しさと悲しみの滴であった。

 



Leonhardt Zanobetti    24-year-oldDarniea
Saint Knights "Odin" 2nd-squad "Balder"  Leader

 



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