ライアス・土門 32歳
ジェノウ派 ゲリラ部隊 ”シヴァ” 総軍団長 |
時は決戦前夜。
宙陽暦7415年7月27日、夜…。
二台のトレーがバシェロの中央道路を疾駆している。
前を行くトレーはデュラハン達の乗って来たもの、後を
行くのはバルテュスで合流した実動隊(ニッドホグ)第八隊と情報部の三名が乗っていたものである。
そのデュラハンの車両に情報部の三人とニッドホグ第八隊の隊長がいた。
「本当に兵達を休ませる所があるのですか?」
ニッドホグのゲイル・ランバートがリオ・レイヴァノーンに聞いている。
「そのために私はここにこうして居るのです。デュラハン達も…」
リオは抑揚なく答えた。
今度はノルン・フェッダーマンが口を出す。
「我々はニッドホグの巣作りに来たのですか」
「そうね。でも、それは結果としてそうなるだけで、それが主目的ではないわ」
「では、その主目的とやらをそろそろ聞きたいものですね」
と、突っかかる、ノルン。
「そうね。目的地も近いことだし…」
「目的地?」
と、聞き返したのはゲイルだった。
「私達はランバス・ドモン邸に向かっています」
「ええっ!」
驚きの声を上げたのはゲイル・ランバート唯一人である。
「フフッ。貴方達は驚かないのね」
そう言いながら、リオはジークフリートに目配せする。
「ジェノウ派は我々に協力するのか」
壁にもたれたまま立つジークフリートが尋ねた。
アロマ派とジェノウ派は過激派の中の右極と左極である。殊にその首領であるアロマ・レイヴァノーンとランバス・土門は互いに仇なす間柄で有名だったのだ。
リオはアドルフ・ギュゲスに瞳を向ける。
「さあ、協力していただけるのかしら?」
彼女の小悪魔的な微笑みをギュゲスは苦笑でかわした。
「フフッ。そう、その時こそ貴方達の出番でしょうね」
リオはブライアン・ディーデュオ、コティ・エルメス、ノルン・フェッダーマンへと視線の先を移して行く。
「ランバス・ドモンの所で一泊ですか。確かに僕達向きだ」
と、ぼやいているノルン。
「気負う必要はなくってよ、ノルン。力強い助っ人が二人もいますから…」
「隣のお二人さんですか?」
リオの言葉を受けて、ノルンは彼女の隣に腰掛けている二人の女性を引き合いに出した。
情報部のスミュルナ・キュプリスとセス・バレンタインのことだ。
「やってみる?」
リオが茶化して二人の部下に尋ねる。
「そ、そんな…」
スミュルナが真面目に受けるところが可愛らしい。
ギュゲスが大声で笑った。ジークフリートもゲイルも笑っていた。皆の笑いの渦にしかめっ面のノルンも笑うしか手はなかった。
しばらく時が経ち。一行の二台のトレーはランバス・土門の屋敷に到着した。
門前に止まった怪しげなトレーに、警備員が数名出て来たのは無理もないことだ。
デュラハン達の乗るトレーの運転手が、何やら一通の書簡を差し出して警備員に渡した。
その手紙が邸内に届けられ、二台のトレーは時を待たずして門内に招き入れられた。
ノルンはあの手紙に見覚えがあった。
(あれは、ギュゲスが書いた…)
それを口には出さず、そっとギュゲスの様子を窺う。
彼もそれと知ってノルンに笑いを返した。
トレーは邸宅の前で止められた。
運転手がインターホンで話して来る。リオが受けた。
話し終わると彼女はギュゲスに向かって言った。
「お呼びよ、アドルフ・ギュゲス。お願いするわ」
リオの口調は彼の身を案じている様であった。
「了解。ちょっくら行ってくらぁ」
ポン、ポン。と、ギュゲスはノルンの肩を軽く叩いて、トレーを降りて行った。
彼の姿を見た警備員達は浮き足立つ。
トレー内のモニターでもその様子が良く分かった。
彼らはトレーの中身に気が付いたのだ。
だが、その様子はすぐに納まった。ギュゲスが何やら喚(わめ)いたらしい。一変して彼らは喜びに溢れていた。
ギュゲスは丁重に案内されて邸内に姿を消した。
「何だ、今のは…」
真っ先に言葉を漏らしたのはジークフリートである。
「彼らがデュラハンを歓迎するなんて…」
コティ・エルメスもモニターを見入りながら呟いた。
「ジェノウ派とアドルフ・ギュゲス。…いや、ラグナロックという男が深くつながっているのか…?」
ノルンはそっとリオの方へ向き直る。
「………」
リオは黙って笑みを浮かべている。
「この期に及んで、まだ隠し事か」
と、ブライアン・ディーデュオ。
「俺達は傭兵だ。いらぬ口出しはしたくないが、納得の行かぬことをする気にはならんな。このままでは、今後の作
戦行動にも支障を来(きた)す」
再び、ジークフリートが口を開いた。
皆の瞳がリオに集まる。
彼女はややあってから静かに口を開けた。
「そうね…。でも、これは今後の戦局を左右しかねないことよ。貴方達全員がこの戦争の行方を、そして、それに関わる全ての人々の運命をも決めてしまう…。そんな重荷を背負いたいと言うのならね…」
再び、沈黙…。
時の流れは拡大して行く。ゆっくりと、段々に遅く。そして、空気の鳴動と共に停止する。
「騎士の紋章と名誉にかけて、他言せぬと誓おう」
ブライアンが沈黙を破って誓いを立てた。
「俺もこの剣にかけて、誓う。今夜のことは一切他言しない」
己の剣を目の前に掲げ、ジークフリートは言明した。
コティ、ノルン、そして、ゲイルが次々と同じく誓いを立てた。少しの間を置いてから、リオは一同の顔を見渡した。
「フフフッ…。いいでしょう。一生忘れることは出来ないわよ。…彼、アドルフ・ギュゲスはジェノウ派の中ではラグナロックと呼ばれる男よ。極めて数少ない人物だけがその名を知り、その正体を知っている。彼の本名は貴方達でも聞いたことはあるんじゃないかしら?彼の名はライアス・ドモン。ランバスの弟よ…」
リオはふと、溜息を吐く。
「彼が、ギュネイ・ドモンの息子…」
ノルンは呆然とした表情のまま呻(うめ)くように言った。
ギュネイ・ドモン前ダルニア総統を知らぬ者はない。彼
はユングット派に暗殺されたと専(もっぱ)ら信じられていた。だが、彼自身、アロマ・レイヴァノーンと犬猿の仲であり、ジェノウ派とアロマ派の対立も一筋縄では行かない状態を常に呈していたのだ。故にジェノウ派の一部はアロマ派を批難の的にもした。
ランバスは反アロマ派としてジェノウ派の首長に、ライアスは反ユングット派ではあったけれどジェノウ派のゲリラ部隊の総軍団長に就いたわ。ちょうど私がまだ、オーディンにいたころだわ。ワルキューレの一人としてね。…貴方達はニオンでゴッドファーザーに会ったと思うけど、私はあの頃にあの人を知ったわ。ニヴィス・ハイリィもそう。ソード・オブ・デュラハンやスキュータム・オブ・デュラハンもすでに知っていたわ。私は今ここにいるデュラハンの全てを知っていた」
「ワルキューレなら当然だ」
ノルンが口を挟んだ。
「そう。でも、過去の知れない人物が二人居たわ。ジークフリードという男とディー・クレシェットと陰では知られた男――」
ノルンの目がジークフリートに、コティの瞳がブライアンへと向けられる。
「脇道に外(そ)れたな。そういうことは楽しみに取っとくんだな」
「ウム」
ジークフリートの台詞にブライアンが首肯いていた。
「そうね。ごめんなさい。…あっ。来たわ、出て来たわよ」
リオはモニターを見ながら声を上げた。
皆も顔を動かす。
二人の男がトレーに接近していた。
ランバスとライアスの土門兄弟であろう。
近付くにつれライアスの方はアドルフ・ギュゲスその人と分かるようになった。
「そうか…。何をしにここへ来たのか、まだだったな」
と、ジークフリート。
「そう…。見ていなさい。私はランバスと話を付ける。口出しは無用よ」
そう言って、リオは立ち上がり、ランバスが入って来るのを身構えるように入口を向いた。
部屋の入口が横に開く。
ランバス土門、続いてアドルフ・ギュゲスことライアス土門が入って来た。
「物々しいな。久しぶりだね、リオ・レイヴァノーン」
「ようこそ、ランバス・ドモン。本当に久しぶりね」
二人はそう言ってから握手を交わした。
「話は弟から聞いたが、信じ難いね。私をアロマ派の首長に選ぶなんて…」
ランバスは確かにそう言った。
誰もが己の耳を疑った。この場の半数であるが……。
「バッ…!」
ノルンが何か喚きそうなのをブライアンが抑止する。
「貴方しか適任者はいないわ。アロマ・レイヴァノーンの遺志を継承できるのは…」
リオはジッとランバスを見つめる。
「遺志…?アロマの遺志だと…?」
「そう。私の父、アロマ・レイヴァノーンはこの世にはもういないのです。私は…、私には何も出来ないでいる!」
リオは涙混じりに叫んでいた。
アロマの死は誰にも衝撃であった。が、彼女の涙はそれにも増して彼らの心を打ち、彼らの体を痺れさせた。
ライアスが思いがけなく、優しくリオの肩を抱き寄せる。
彼女は彼の胸に顔を埋めるようにして泣いた。
「この戦争が終われば俺達は結婚する。何処にも支障はないはずだ」
彼は兄に対してそう言ったのだ。
真にアロマ派とジェノウ派は一つになると言うのだ。
「そうか…。ならば、見せてもらおうか、アロマの死を…」
「ああ、その奥の部屋だ。そこにアロマは眠っている…」
そう言って、ライアスは奥を指差した。
「ジークフリート、兄を案内してくれ」
「了解…」
ライアスの使命を受けて、ジークフリートは先頭に立って、トレーの一番奥にあるアロマの部屋へと足を踏み入れた。
そこで一同が見たものは…。
正しく、アロマ・レイヴァノーン。眠る、眠り続けているアロマの体がそこにはあった。
コールド・スリープ用のカプセルに入れられたアロマ・
レイヴァノーンの亡骸(なきがら)である。
「な…なんてこった…」
ジークフリートが思わず口の端に漏らしたのも無理からぬこと…。
コティは悲しみにその瞳を伏せ、その肩をブライアンがそっと抱いた。
ノルンも死体の様な表情で壁に背を預けて、アロマの死顔を凝視している。
ランバス土門さえも立ち尽くしていた。事の真実の重大さにやっと気付かされたのだろう…。
そこへ、リオを置いてライアスが現れた。
「25日の夕刻…、アロマは息を引き取った。暗殺者の撃った弾丸(タマ)は幸いにして急所には届かなかったものの、ご丁寧にも毒が仕込まれていたのさ…」
それを聞いてランバスが口を開いた。
「そうか…。それで、腰抜けのユングット派がこんなに強気に出てきたのか。しかも…父と同じ手口を使うとはな!」
彼は怒りの形相を露に歯軋りする。その拳も憤怒の激昂に震えている。
「私は彼に許しを請わねばならん。数々の非礼を詫びねばならん。…彼は父の良きライバルであったのか…」
「兄貴(ランバス)…」
「誓おう。私は彼の死と、彼の魂にかけて誓おう。彼の遺恨は私の心血を注いで報いん」
ランバスは振り返った。
「行こう。君達と共に…。私の父、ギュネイとアロマの仇を討たん。ライアス、アロマ派はおまえに任せる。私は父の血統であるジェノウの名の下に戦おう」
「そうだな…。俺はリオの補佐に徹する。アロマを継げるのはやはり彼女だけだ」
そう言葉を残して、ライアスはリオのいる部屋へと戻ってしまった。
デュラハン達は立ち直っていた。
ランバスが言う。
「今夜はここで休むが良かろう。明日の朝までに”シヴァ”の大半が集結する」
そう言うと、彼もこの場を立ち去った。
・・・
「行こう。アロマが待っている…」
ジークフリートが去って行く。
ノルンが黙って後を追う。
「行くぞ…」
ブライアンもコティに声をかけると、出て行った。
彼女もそこを出て、アロマ・レイヴァノーンの眠るこの部屋の扉を閉じたのだった。
そこは重く厚い闇へと返って行く……。
Raius Domon 32-year-old Jenow's faction Guerrilla corps "Siva" Lord Admiral |