Magic: The Gathering

Oriental Gold

This Novel is written by Shurey


Prologue / Sec.1
第一章
胎動

第一話 龍 牙


Hong Kong

[Land]
: Add to your mana pool.
,, Sacrifice Hong Kong: Put a Dragon token into play. Treat this token as a 5/5 black creature with flying, trample.

風雲大陸

 星暦2301年3月。
 「黄金の神国」と呼ばれる海洋国家があった。大陸では「深紅の龍国」と「薫風の旅団」が有史以来の対立をしていたが、龍国は100年もの間、海を隔てた神国への侵攻を繰り返していた。
 龍国を20年以上治める「龍騎(りゅうき)皇帝」は勇猛果敢で大陸随一の弓の名手と言われ、また政治手腕もいかんなく発揮していた。その皇帝が神国への侵略にこだわるのは先祖への手向けではない。そう、彼もまた、ジパングに眠る力を求める英雄の一人なのであった。もちろん、彼こそオリエンタル・ランドの一つ「Hwang Ho(ホワン・ホー:黄河)」を支配する者なのだ。3人の子供が地方を統治し、国家の将来も安泰と言える。彼が皇帝になって以来、大陸にある他国との争いはなく、国内の治安を第一に注力してきた。
 大陸はおおむね平穏であった。龍騎皇帝の即位以後は薫風の旅団とは友好的な関係を築いていた。時折、北部草原地帯との境界線で小規模なゲリラ活動が起こってはいるが、2国の協力で大きな動きにならないように封じている。

赤麗迎春

 春を迎えたばかりのこの日も薫風の旅団より友好の使者が訪れていた。首都「赤麗(せきれい)」の巨大な城門が二つに開かれ、3台の馬車を招き入れた。先頭を走る4頭立ての馬車は特に彫刻を施した壮麗な文様が刻まれ、その中にいる人物を彷彿とさせるくらいである。馬もまた品性の良い立派な足どりをしていた。
 草原の民とはいえ、薫風の旅団は大陸で最も高い文化水準を有するといわれている。それは統治する偉大な王「スハルト・モンゴリア」の大いなる力にもよる。彼もまたオリエンタル・ランドの一つを支配する者と思われる。「マスター・ブレイド」と呼ばれ、見事な魔法を駆使し、また、その呼び名の通りに剣さばきも優れた英雄であった。「マスター・ブレイド」という称号は何代も受け継がれたもので、彼の息子の一人「エルス」がその称号を受け継ぐのではと言われている。この伝説的な称号を有することで多くの人材が彼の元に集い、今や大陸を主導できるのはスハルトであり、それを守護する存在が龍騎であるとも言われるほどであった。
 赤麗の街の中心を通る街道をまっすぐに馬車が駆けて行く。その行く手にそびえるのは「赤麗王城」であった。切り出した意志で作られた白と赤の美しい城であった。神国の有史以来の王城である。黒塗りに金の装飾を施した馬車が城門の前にたどり着いた。
 馬を止めて、先頭の御者が立ち上がって王城を見上げた。門の両脇に衛兵が立っている。御者はそれに向かって大声で叫ぶ。
「薫風の旅団、友好使節の馬車である。皇子エルス様をお連れしている。開門を!」
 その言葉が終わるのを待たずに、重い鋼鉄の扉が開き始めた。
「先遣の使者より承知しております。どうぞ奥へとお入りください」
 衛兵の言葉を聞いて御者は手綱を持ち直した。そして、後ろを振り返る。
「皇子、行きます」
「良し、行ってくれ」
 エルス皇子の返答がすぐに返った。御者は勢い良くムチを振るい馬を進める。門が開ききるのを待たずに、中心にできた道を通過し、また2つの門を通り抜けて、城内最深部の庭園に囲まれた通りへ入っていった。その先には2つの尖塔を持った宮殿が見えている。
 馬車の横にある小窓が開き、皇子が外の様子をうかがった。
「今日も良い天気が続いたな。見ろ、もう美しい花が咲き乱れている」
 明らかに大きな声で御者に聞こえるように、その口調は懐かしむように優しい声であった。
 御者の男は日差しを避けるように全身を木綿のコート1枚で覆っていた。その体躯はコートの上からでも想像できるほど、大きな上背にがっしりとした肩が突き出ていた。頭のフードを取り払い、その端正で野生味のある顔を柔らかい光の中に表した。
「そうですな。途中で、馬に乗り換えて来ればよかったでしょう?」
「まあな。アルフの言うとおりだったよ。しかし、長旅もここまでだ。ようやく安心して眠れるかな」
 皇子の苦笑いのような笑い声が聞こえていた。
「さて、もう少しです。皇女がお待ちかねですよ」
 そう言って、アルフと呼ばれた御者の男も笑みを返していた。そして、軽くムチを振るうと馬車のスピードを上げた。
 遠くに小さく横たわって見えた王宮が大きく背を伸ばして迫り、両脇の尖塔は天に突き出るようにそびえ立つ。けして、豪奢な外観ではないが、石を積み重ねた堅固な壁面にはおおらかな波の文様が刻まれている。王城の奥にあるこの宮殿は皇帝とその家族の為のプライベートな空間であった。ここには普段国政に携わる者達の姿はなく、皇帝に使える者だけが出入りを許される場所なのである。
 城内の多くの者が出迎えに出ていた。そこには正装を身につけた龍騎皇帝と西叙(せいじょ)皇后、次男泰(たい)、長女汀(てい)、次女泉(せん)の姿があった。召使いたちは緊張した面もちで馬車が停止するのを待っていた。
 エルス皇子の乗る先頭の馬車が玄関前に横付けされ、出迎えの正面に止まった。
 御者台のアルフ・クリスデンはコートを脱ぎ捨て、穏やかな光の中に親衛隊の青い正装を現した。左の腰には長剣を携え、正装用の帽子を手にして御者台から飛び降りる。そう、彼はアルフ皇子直属の親衛隊隊長であった。
 同時に、中から馬車のドアが跳ね上がって開いた。ステップに足をかけて、ゆっくりとエルス皇子がその細い顔をのぞかせた。
「お出迎え恐縮です、閣下」
 全体に華奢な雰囲気にも見える立派な青年が、左腰に剣を携え馬車から降り立った。赤い正装にそのバネのような肉体をくるんでいた。顎には長くはないが手入れされた茶色の髭を蓄えていた。
 エルス皇子とアルフが並ぶと、アルフが一回り大きく、皇子よりも頭一つ背が高かった。
 龍騎皇帝が自ら先頭に彼らを迎える。ねぎらいの言葉とその手を差し出した。
「よくこられた、エルス皇子。長旅ご苦労であったろう。存分にゆっくりとしていって欲しい」
「ご無沙汰しておりました。本日は閣下のお誕生日にお招きに預かり、光栄に存じます」
 エルス皇子はそう言って、臆することなく大陸一の大帝国の皇帝・龍騎の手を握り返した。
アルフ、久しぶりだな。婿殿の警護は任せたぞ」
 龍騎はアルフを正面にとらえて、ごく自然に右手を差し出しながら笑顔を絶やさない。2人は同じくらいの体躯をしていた。
「恐れ入ります、閣下」
 アルフは緊張の面もちで差し出された手を握り返した。もう一方の手はしっかりと帽子を持ちながら、それを胸に当てて最敬礼をしていた。
 その様子に皇子も笑みを浮かべて最敬礼の姿勢を取った。
「さて、堅い挨拶はもうよい。汀(てい)、お二人を鳳凰の間にお連れしなさい」
 龍騎が振り返って声をかけたのは、エルス皇子より2つ年下の長女「龍汀」であった。
 エルス皇子と汀皇女は年齢も近いことから親密な話し相手となることが多かった。実際に知り合ってからはまだ3年にしかならない。しかし、スハルトと龍騎の親交が深まるにつれ、2人の間にもごく自然な空気が流れていた。先月、2人の婚約が取り決められたばかりでもある。
 また、彼女は龍国の南方を守護する将軍であり、父ゆずりの弓と馬の扱いに長け、戦略家としても次兄「龍泰(りゅう・たい)」に次いで、国内でも一目置かれる存在であった。何よりその負けん気の強さが彼女の真髄でもある。時として自分の主張を曲げることができず、不器用な面も見せた。
 深紅の龍国は、深紅の地に金色の刺繍による龍をあしらった軍旗を持っている。龍騎の三龍旗と呼ばれる三子の指揮する軍は、その旗印にそれぞれ同じ形の龍の紋章をあしらっていた。首都部は龍騎が直轄で統治しているが、その他の3つの地域を三子で分割統治している。北東部地域を守護しているのは赤龍の紋章を旗印にする長男牙(が)である。西部は青龍の紋章を旗印にしている次男の泰、そして、南部を白龍の紋章を掲げる長女汀が守護しているのである。
 今日、彼女は甲冑こそ身につけてはいないが、ピンと背筋を伸ばして自信の笑みをたたえていると普通の男では臆してしまうものだ。身なりこそ女性らしく正装していたが、キビキビとした動作の一つ一つに彼女の性格が現れていた。
 しかし、実際にエルス皇子が龍騎皇帝に家族のように受けいられるようになったのは、その3年前の出来事であった。皇帝の長男である龍牙が薫風の旅団との国境近くを移動中、盗賊団に襲撃を受けた時のことだった。近くの山で剣の修行していたエルス皇子がその危機にいち早く駆けつけ、矢傷を負いながら彼ら一行を救ったのだった。それ以来、両国は国交を回復し、修行を終えた彼が親善使として度々龍国を訪れるようになったのである。

翔慶炎上

 翌日は、龍騎皇帝の53才の誕生日であり、国中でこの日を祝うこととなった。
 長男の龍牙(りゅう・が)が早朝に駆けつけ、親衛隊を引き連れてパレードの先頭を務める。龍騎皇帝は赤麗の街中をゆっくりと馬に乗ってパレードを行った。その傍らには龍泰とエルスの馬が続き、その後をアルフ・クリスデンが幌馬車を操っていた。もちろん、幌の開かれた4頭立ての馬車には西叙皇后、龍汀、龍泉が乗っていた。
 華やかなパレードは大通りを1周して王城へ戻った。花火が打ち上げられ、街にあふれる人々は歓喜の頂点を迎えていた。
 夕刻、王宮に戻った龍騎皇帝は諸侯・将軍・重臣を王宮の大広間での晩餐会に招待した。彼の長女汀とエルス皇子の婚約後初めての宮中晩餐となり、2人も一斉に祝福を受けた。
「さあ、2人は適当なところで退席すると良い。後は私の誕生日を祝って祝杯を上げようか」
 龍騎皇帝は若い2人に気を配りながらも、すでに朱を差した顔でごきげんであった。龍汀も普段の威厳ある様子とは一変して一人の少女となっていた。エルスの隣で、赤らめた顔をじっとうつむかせたままであった。イブニングドレスをまとっている為にその姿は初々しいものであった。皆が、姫様と呼ぶので余計に気恥ずかしいようだ。その脇ではエルス皇子が胸を張って祝杯を上げていた。
 その時、大広間に皇帝の長男、龍牙が現れた。まず、父に祝辞を述べ、そしてエルスと妹に祝辞を送った。
「ふたりに見せたいモノがある。少し席を外してくれないか」
 龍牙はエルス皇子の側に寄り、明るい笑顔で彼と妹を宴会から誘い出した。
 しかし、2人を手近な部屋に誘い、おもむろに口を開く。彼の表情は戦場にいる時の顔だった。
「実は、翔慶(しょうけい)の城下で大きな暴動が起こっている。泰は狼星(ろうせい)に戻ってしまった。私の赤軍も行動を開始したのだが、皇子の手を借りたい」
 翔慶は龍国の北部、旅団との国境線に近い老華山の麓にある城塞都市であった。
 牙はエルス皇子を弟のように思っていたが、その見事な剣技と卓抜な魔法には一目置いていた。
「分かりました。永安(えいあん)に待たせた部下を翔慶へ向かわせましょう」
「私はどうすれば?」
 気持ちのはやる妹に牙は優しい笑顔で答える。
「お前はここにいるんだ。せっかくの衣装がもったいないぞ」
 一瞬、優しい兄の表情を見せる。
「兄上、ご冗談を・・!」  汀は厳しい目を兄に向けた。
「いや、父にこの祝宴を続けていただくためにも、赤麗の守備はお前に任せる。いいな」
 唇を噛みながら怒りを抑えて汀はうなずくしかなかった。
 それを見て、2人は風のごとくその場を後にした。廊下でアルフと合流し、夕闇迫る中、3人は宮殿の外へ走り出した。
 エルス皇子は早速1枚の呪符(カード)を取り出し、魔法の準備を行った。魔法を使用するには2つの要素が必要なのだ。一つはマナ(Mana)と呼ばれる大地(Land)との契約による内なる力、そしてスペル(spell)と呼ばれる魔法の数々である。魔法を使う者は体内にその力の源となる Land を宿し、そこから必要な Mana を生み出して呪符に込めるのだ。そして、呪符は様々な現象を引き起こすのである。
 エルス皇子の宿す力がその体内からわき上がり、閉じた両手の平の中にその力を集中させて行く。短い呪文を唱えるとあわせた手の内から光が溢れ出す。一瞬の激しい閃光を残し、光が消えた。しかし、次の瞬間、エルス皇子が手を開き、その内にあるほのかな輝きを露にした。
 それは人のようにも見えた。頭をもたげ、大きく伸びをするように4枚の輝く翼を広げた。召喚されたのは「Blinking Spirit」である。それは発光体を持つ頭を点滅させて会話をする妖精で、4枚の薄い光の羽根と細く長い尻尾を持っていた。
「フリック、頼んだぞ」
 フリックと呼ばれた Blinking Spirit は、返答をするように頭を明滅させて空中へ飛び出した。クルクルと空高く舞い上がり、一転してものすごいスピードで直線を描いて飛び去った。伝令として永安へと向かったのである。
 城内の前庭に牙の指揮下にある1大隊の将兵が集まっていた。1小隊は3人で構成され、3小隊で1中隊をを構成する。また、3中隊が1大隊を構成するため、1大隊は27名の将兵がいる。この人数は決して少なくはない。と言うのも、魔法による戦闘が多いため、特殊な訓練を受けた将兵でないと戦闘では役に立たないのである。また、大きな軍隊ほど魔法の被害を受けやすいということもある。通常、中隊長を任される人物は魔法の心得を持っているのだ。ということは、ここには少なくとも3人の魔法使いがいることになる。牙とエルスを加えれば5人の魔法が同時に威力を発揮することができるのだ。
「敵は国境を侵し、翔慶(しょうけい)に火を放った。今から賊の鎮圧へ向かう。準備はいいな」
 待ちかまえていた兵達は一斉にオウと答えるのだった。
 龍牙は号令をかけると馬に飛び乗った。エルスもアルフも馬上の人となる。
「良し、カイゼルやってくれ」
「承知しました」
 静かに返答した老人は将兵ではなかった。僧衣をまとった5人の男女が彼ら30人を取り囲むように立っている。ドルイド(僧侶)である彼らは将兵を目的地までテレポート(転送)させるために城中に住んでいるのだ。広い大陸故、彼らのような力を持った者が必要であった。また、彼らのおかげで軍事力を一カ所に集中できるのである。彼らはドルイド同士でテレパシーによる通信も行うため、中枢部に必要な人材なのである。
 5人が同時に呪文を唱え始めた。呪力が薄い光の円となって彼らを結び、部隊を取り囲む。その光が徐々に力を帯びて行く。そして、円の中心に向かって霧のような光が流れ出す。非常に美しい光景であった。夕暮れ迫った上空から見ていると夜空の花火のように美しかったであろう。しかし、中にいる者には光の中に閉じこめられて何も見えなくなっていくのだ。そう思った瞬間、彼らの姿は光と共に消えた。
 まったく体に振動も異常もなく、転送は完了した。馬上の男達は7日はかかる翔慶の門前に1分とかからず立つことになったのだ。
 翔慶は中規模な城塞都市なのだが、祝事のために門を大きく開けていたことで不穏分子の侵入を容易にしてしまったのだ。人の多く集まる市場に火が放たれたためパニックが一気に広まった。その後、逃げまどう人の波に逆らって辺境の一軍が翔慶に侵入したのだ。赤い火の手が夕焼けの空を更に赤く染めていた。
 エルス皇子は Blinking Spirit を呼び戻し、部下ががすでに翔慶に入ったことを知った。
「兄上、2人の部下が翔慶に入っています。どうやら市場で火の手が上がっているようです」
「うむ、よし!華允(か・いん)、楊平(よう・へい)、史会(し・かい)!四方に分かれて突入するぞ。賊を逃がすなよ」
 そう言い残し、龍牙、エルス、アルフは南の門から入り、3中隊が他の門から翔慶へ突撃して行った。
 3人が真っ直ぐに市場へ向かうと自警軍と市民が協力して消火にあたっていた。しかし、火の手は次々と広まっているようだ。
「火を点けているヤツがいるな。ここは彼らに任せておこう」
 3人が馬を走らせて新しい火の手の方へ向かった。エルスはそれよりも前に Blinking Spirit を偵察に飛ばしてみた。しばらくすると Blinking Spirit がせわしなく光を放ちながら戻ってきた。何かを見つけたらしいのだ。
 あわてて3人は馬を止める。
「敵が潜んでいるのか?」
 龍牙が問いかけようとしたとき、Spirit を追ってきた光の束が前方から襲いかかってきた。
 エルスは Spirit を手に戻し、馬上から飛び降りた。他の2人も地面に伏せて雷光のような光を避けた。
「Lightning Bolt!?敵も red spell を使うのか」
 同じタイプの敵がいることを知って龍牙は驚いた。3人は建物の影に身を隠し、周囲の気配を探る。少しずつ壁を背にしながら進んで行くと、業火の中に Creature の姿を見つけた。
 火を放ちながら「Fire Elemental 」が暴れていたのだ。良く見ると2人の男がそれに立ち向かっているようだ。
ライアスミュレル!」
 アルフが部下の2人であることに気が付いた。彼ら薫風の旅団は green spell を得意とするため、情勢は悪かった。このままでは2人も炎の餌食となってしまう。意を決してアルフが呪文を詠唱しながら飛び出した。
「Blue Elemental Blast!行け!」
 アルフの手から青い光が放たれて、Fire Elemental に向かってそれを包み込んだ。一瞬の出来事であった。あれほどの猛威を振るっていた Fire Elemental が霧が晴れるように消え去っていた。アレフは blue spell を得意としていたのだ。
 そのとき、背後から彼に向かって「Lightning Bolt」の光が空を切り裂きながら襲いかかった。防御が遅れたアルフは damage を受けて地面に転がってしまった。それを見てエルスがすぐに物影から飛び出した。そこへ狙いすましたように再び Lightning Bolt が放たれる。
「Circle of Protection: Red!」
 エルスが protection を起動し、自身を襲った呪文の効果をその直前で消失させた。倒れたアルフが身を起こしたときには、龍牙が敵の位置を補足して呪文を発していた。
「Fireball!」
 赤い火の玉が3つ、空に向けて弧を描いて飛び出した。屋根の上に隠れていた3人に命中してその動きを止めた。
「逃がしたか?」
 龍牙は敵の反撃を警戒しながらアルフの側に寄った。不意打ちであったが軽傷だ。彼は自力で立ち上がっていた。ライアスとミュレルの2人も彼の側へやって来て礼を述べた。
「いや、気にするな。私共々お2人に助けていただいたのだ」
 アルフはそう言って自分の勇気よりも龍牙とエルスに感謝をするのである。
「よい、それよりもヤツらはまだ近くにいる。来るぞ」
 龍牙が警戒を促す。敵の術者の人数が分からない。
「敵は3人いたようだが、術者は何人だ」
「賊は何人かいるようですが、魔法を使うのは3人だけのようです」
 ライアスが龍牙の質問に答えて言った。敵は3人とも red spell を使用するのである。あのままであれば彼らは非常に危険であった。
「あの男、見たことがあります。たしか、里山(りーしゃん)の賊でルオウという男です」
 ミュレルがライアスに補足して言った。
 里山のルオウという男は度々国境付近を侵していた。もちろん、薫風の旅団に従属する街にも現れるし、深紅の龍国の領土は彼らの神出鬼没の行動には頭を抱えていた。里山は岩肌の峻険な山であったが、討伐の軍が向かうと人影一つ見つけることができなかった。それでも人は里山のルオウと呼んで恐れていたのだ。
 彼らが旅の商隊や街を襲うのは食料を奪うためであることが多い。しかし、最近は城内の宝庫を狙うことが起こっていた。
 龍牙らは都市の中でも最も高い場所にある城へ向かうことにした。街の混乱を鎮めるために警備が手薄になっているはずだ。ルオウであれば狙いは宝庫しかない。
 一行が城門下の階段に到着すると、既に城門は開け放たれたままで、警備の兵士もその場に倒されていた。ルオウはもう城内に侵入していたのだ。
「やはり、狙いは地下宝庫か?」
 龍牙が唇を噛みながら悔しさに拳を振るわせた。その時、アルフが背後の敵に気がついた。
「Blue Elemental Blast!」
 Lightning Bolt を空中でかき消した。その向こうに2人の男が立っていた。一見したところ普通の街の労働者である。どうやらルオウと合流するためか、その逃げ道を確保するためにやってきたようだ。
 アルフがすぐさまその行く手を阻む。
「ここは私共でくい止めます。お二人は城内へ」
 アルフはライアスとミュレルを従えて残ると言う。この3人であればまず大丈夫だ。
「急ぎましょう、兄上」
 エルスも龍牙を促し、二人は共に階段を駆け上がり、城門をくぐり抜けた。

封印解放

 城内の各所で警備兵が倒されていた。彼らはそれをたどって奥へと進んで行く。
 いくら手薄であったとはいえ、これほど簡単に城内の警備兵が倒されるものだろうか。ルオウという男はただの賊の頭領ではないようだ。
 階段を上りきり、城の前庭園へと足を踏み入れた。その両翼には地下倉庫を備えた建造物があった。  その一方の建物の外に、警備兵やドルイド僧が集まっていた。
 それらをかき分けて中へと入って見ると、地下へと続く階段の前で暗闇の奥を見つめながら大臣たちが頭を抱えてうなっている。
「どうした、中で何が起こっているのだ」
 龍牙がその異様に声を発した。
 ドルイド僧の話では、ルオウは小さな女の子を人質にして、この建物の地下へと侵入して行ったというのだ。そして、その説得のために城主であるカルストン卿が階段を下りて後を追ったという。
 大臣たちはカルストン卿の命令で階段の上に押し止められているという。
「敵はルオウだけなのか?」
「中へ入って行ったのはあの男だけじゃ。他はここで始末した」
「じゃあ、卿は一人で降りて行ったのか?」
 エルス皇子の問いに、大臣たちは静かにうなだれた。
「警備の者も拒否なされて・・・」
「・・・そういう人だ」
 龍牙はそう呟くと、エルスの肩を軽くたたいて、着いてこいと合図した。二人は暗闇の中へと足を踏み入れる。
 石段の階段を駆け下りて行くと途中にも警備兵が待機していた。そして、階下には3人の魔法師が臨戦態勢を取っていた。
「カルストン卿はどちらへ?」
「宝庫の扉を開けるように賊が要求して、この奥へと。鍵となる呪文を知らないと卿がおっしゃったのですが、ヤツは耳を貸さずに子供を盾にしたまま奥へ向かったのです」
 龍牙の問いに魔法師が答えた。それにエルスが問い返す。
「すると、カルストン卿も一緒なのだな」
「はい、着いて行かれました」
 魔法師達もどうして良いか分からずにここで様子をうかがっていたのだ。二人は彼らを残し、奥へと進んで行った。
「カルストン卿というのは剛胆な男なのですか?」
 暗く狭い通路を進みながらエルスが聞くと、
「いや、彼女は無鉄砲なのだ。二年前、夫であるエルガー・カルストン卿が亡くなられ、その後を継いだのだ。大胆で頑固者だ」
と、龍牙が答える。
 現城主リンダ・カルストンと龍牙はいとこ同士で幼い頃から知っている。6才年上の彼女に恋心を覚えたこともあったのだ。彼女が20歳のときに前城主エルガー・カルストンと結婚したのである。
「そう言えば、私が劉京(りゅう・けい)殿の元で修行をしていた頃に、そんなお噂を・・・。確か暗殺されたと聞きました」
「そうだ、幼い二人の子を残してな。しかし、リンダは気丈であった。その後の一切を取り仕切り、何の混乱もないまま無事に葬儀を済ませ、以前にも増して翔慶を繁栄させている」
「そうなのですか。・・・しかし、この宝庫に何があるのですか?」
 エルスの問いかけに龍牙は直ぐには答えられなかった。特別なものは思い当たるものがないのである。
「確かに父が封印した宝庫には古代の書物が眠っているのだが、内容そのものは重要ではない。後は・・・」
「後は?何です?」
 龍牙の顔色が曇っていくのが分かった。考えてはいけないことを考えてしまったのだ。そして、徐々にそれは確信へと近づいた。
「まさか、エルガー殿の遺体を暴くつもりか・・・」
 歴戦の雄志の肉体には世界に7つしかないと言われる Oriental Land の一つが宿っていた。その封印は未だ解かれず、次なる者に継承されないままエルガーの肉体に止まっているのである。
「永久結界の魔法がかけられているが、遺体に手をかけることは許さん。急ごう!」
 二人は宝庫の前を通り過ぎ、更に奥へと走り続けた。通路の行き止まりに遺体安置所があった。男女の言い争う声が通路にこだまする。まだ、棺に手はかけられていないようだ。内の扉を開けろと男がわめいていた。
 龍牙はエルスに通路で待つように耳打ちし、目立つように安置所の入り口に立った。
「貴様は、龍牙だな」
 驚きながらもすぐに男の声が問いかけてきた。
 リンダ・カルストンの背中が見えていた。男の声に反応し、彼女は振り返った。その白く透き通るような微笑みに、神の造形を感じぬ者はなかったろう。
「龍牙!」
 だが、龍牙は彼女を無視して、その男から目を離さぬようにし、ゆっくりと歩を進める。
「貴様こそ、里山のルオウか」
 剣に手をかけながら龍牙はゆっくりとリンダの背後に近づいて行く。
「そうだ。流王(るおう)とは俺のことだ」
 大柄な体躯にボロボロになった軽装の鎧を身にまとった流王は、片手で幼い子供を腕に抱えながら、短剣を逆手に構えている。少女は泣き疲れたのかグッタリとして動かない。
 リンダはもう振り返りはしなかった。少女から目を離すことなく、背後に龍牙の体温を感じているようだった。
「魔法の手練れと聞いていたが、子供を盾にするとはな」
 語気を少しづつ荒げながら、龍牙は少しづつ歩を進める。そして、ゆっくりと長剣を抜き、片手で真っ直ぐに構えた。
「その剣は何をするためのものだ。子供に向けるものではないはずだぞ」
 流王の伸び放題の髭に隠れた口元が歪み、冷酷な笑い声が漏れていた。
「きれい事を聞くためでないことは確かだが、残念ながら人質を殺すための道具さ」
「やめなさい。子供は駆け引きの道具ではないのよ」
 リンダがその冷徹な声に逆らうために、抑えた声を発する。龍牙はその脇でジッと流王を見据えて動かなくなった。
「子供を離せ!」
 龍牙が一喝する。しかし、流王も嘲笑を止めることはなかった。
「扉を開けろ!ガキはそれからだ」
 流王は短剣を少女の喉元に当てる。そして、リンダに視線を送るのだ。
 リンダの肩が小刻みに震えるのが龍牙の目に映っていた。剣をいつでも抜けるように右手は常に柄に掛かっている。目の前にいる少女と遺体とはいえ彼女の夫であった者を比べることはできない。しかし、今や彼女の決断だけが道を開くように思われる。
「さあ、どうする!」
 流王の地響きするような最後通告にもとれる声が室内に響く。太く筋肉質の腕に、ひときわ力がこもる。
「待って!開けるわ」
 彼女の手は剣の柄から滑り落ちていた。唇を強く噛みながらゆっくりと扉の方へ足を運ぶ。
 龍牙は剣を構えたまま動かずに、リンダと流王の一挙手一投足を目で追っている。
「良し、扉を開けて、後ろへ下がるんだ。龍牙、それまで、動くなよ」
 流王はリンダの動きを見てから、龍牙にも大きな目をギロッと向けて牽制する。髭に覆われた大きな口が、勝ち誇った笑みを浮かべて薄く開いた。
 リンダが、岩肌の壁に付いた取っ手を左手で握り、もう一つの手のひらを壁の一枚の岩に置いた。そして、小さな声で呪文を詠唱し始めた。
 それを見て、流王がやや身構える。龍牙も立ち位置をしっかりと踏み込む。
「おおっ!」
 流王が驚きを抑えて声を上げた。リンダの右手があった四角い岩が、ボウッとかすかな光を放ち始めたのだ。そして、その光は呪文にあわせて瞬きながら、光を強めて行く。パアッと、大きく光り、次の瞬間には光が途絶えた。同時に、ガタッと岩のすれる音がして、扉が少し開いたのだ。
 流王の体は完全にその扉の方を向いていた。その時、エルス皇子が密かに唱えた呪文を使って、魔法のいきものを解き放つ。
Dire Wolves!」
 エルスの手から放たれた光が、一瞬にして2匹の狼となった。その黒く光る体毛をなびかせて、踊るように2匹が同時に飛びかかる。
 少女の首に短剣を当てた腕を振り上げ、流王が呪文を打ち返した。
「Lightning Bolt、Lightning Bolt!」
 2発の呪文がほぼ同時に放たれた。流王の魔法の腕前は並ではなかったのだ。その二つは見事に Dire Wolves を消し去った。しかし、ここでジッとしている龍牙ではなかった。剣を捨て、一瞬にして間合いを詰め、流王の腕に捕らわれていた少女を奪い取っていた。その離れ際、流王の短剣が龍牙の背中に切りつけられた。
 龍牙は少女を両腕でかばいながら、床の上を転げながら逃げようとする。リンダが慌てて駆け寄ろうとする。しかし、流王の動きは早かった。彼女の腰の剣を抑えて動きを止め、二の腕を首に回して短剣を目の前に突きつける。
 エルス皇子が龍牙の身をかばいに入っていた。傷は浅く、エルスはすぐに流王の動きに注視した。龍牙も何とか壁に体を預けて上体を起こす。
「エルス!この子を連れて外へ行ってくれ」
 少女は驚きで鳴き声が声にならなくて震えていた。龍牙の腕の中から顔を上げた少女は真っ直ぐにエルスを見つめていた。自分がここで邪魔をしてはいけないという気持ちがあったのだろう。エルスの目が彼女と合ったとたんに、少女は彼に飛びついていた。
 龍牙は歯を食いしばって、立ち上がる。目は流王の動きを見逃さない。
「動くな!流王!」
 流王もその気迫に足を引いた。エルスさえも少女を抱えたまま、後ずさりしていた。
「分かった、任せた」
 エルスの決断も早かった。もう2・3歩後ずさりして、あっと言う間に廊下の向こうへと消えていった。
 流王は腕に力を入れ、リンダの首を強く締め上げる。
「貴様らのやったことは後で後悔させてやる。そこを開けろ!貴様が開けるんだ」
 流王の怒りは頂点に達しようとしているかのようだった。
 龍牙はゆっくりと体を起こし、壁を伝いながら隙間の開いた岩の扉に近づいて行く。
「この奥には、お前に使いこなせるモノなど何もないぞ」
 扉の隙間に手を入れて、背を向けたまま苦しそうに声を出す。
「貴様の言葉など必要ない。言われたとおりにすればいいんだ」
 流王がそう言うと、リンダが苦しいうめきを上げる。二の腕が万力のように彼女の喉を締め付けていた。
「やめろ!クソッ!」
 龍牙は渾身の力を込めて、扉を横へ押し開いた。大きな怒号が部屋中に響く。いや、その轟音は城の地上にも響き渡っていた。
「な、何だ?」
 そのあまりにも異様な事態に、流王は腕の力を抜いてしまった。リンダが、その場に倒れ込む。と、次の瞬間、扉の向こうに起こった巨大な光の渦が、龍牙を襲う。当然のごとく、流王の体をもその光の束は貫いた。
 全ての感覚が遮断されたようだった。視覚も聴覚も、手足の感覚さえも感じなくなっていた。
「エルガー!」
 それはリンダの叫び声だった。光りの渦の中で、彼女はその男の温もりを思い出したのだった。一気に、現実の感覚がよみがえってきた。龍牙の中に別の力が沸き起こっていた。
「龍牙よ、我の力を引き継ぐ者よ。黒き力をそなたに与えた。解き放つが良い」
 それは紛れもなく、エルガー・カルストンの声だった。龍牙の脳裏に幾つもの呪文が浮かび上がった。
Black KnightHypnotic Specter!」
 2体の Creature を召喚し、流王が退いたところへ飛び込んで、リンダの体を拾い上げた。
「大丈夫か?」
「ええ、大丈夫」
 リンダの目には彼の顔がエルガーに見えていたのかも知れない。それは龍牙が今までに見たことのない表情であった。それほどに、彼女の顔は切ないものだった。彼女の腕が、しっかりと彼の体を包み込む。
 流王は今しか逃げるタイミングはないと知り、きびすを返して廊下へ飛び出した。
「しまった!」
 龍牙の体はリンダの腕から逃れられなかった。しかし、彼女の腕がゆっくりと解かれる。
「待って、Healing Salve
 リンダは彼の傷を手当した。
「これで大丈夫よ、さあ、行って」
 そして、ゆっくりと床にしゃがみ込んでしまった。戸惑う、龍牙に今度は一喝した。
「早く!」
 龍牙はバネが動いたように、その部屋を飛び出して、流王の後を追った。

 流王はともかく、一目散に廊下を走り抜けた。しかし、彼は大きなことを忘れていた。
 階段を駆け上がって来たところを、エルス皇子とアルフに切りつけられた。
「もう、逃げることはできないぞ」
 追われて、再び地下に戻った流王は Lightning Bolt を放って、階段を砕いた。しばらくして、少し離れたところで、地面が割れた。地下から天井を砕いたのだ。そして、その穴から気球が舞い上がった。
「あれは!」
「まさか、あんなものまで・・・」
 エルスとアルフはその Goblin Balloon Brigade を見上げているしかなかった。気球はどんどんと風に乗って東の方角へと消えていった。
「火をたけ!下へ降りるぞ!」
 明かりをたかなくては崩れた階段の下は闇の中だ。兵士達が松明を手にロープを体に結んで、下へ降りて行く。
 龍牙とリンダが地上に引き上げられるまで、随分と時間が掛かった。2人は流王を取り逃がしたことについてはさほど興味がなさそうであった。
「一体、何があったんです。ひどく揺れたし、あの音は」
 エルス皇子が龍牙に尋ねた。
「エルガーだ。彼が俺達を救ったのだ」
「そう、彼の力が龍牙に引き継がれたのね・・・」
 リンダは思い出しながら、膝に顔を埋めた。もはや、彼女の瞳に映るのは、懐かしい思い出の数々だけであった。そして、その一つ一つをゆっくりと心の底へ沈めて行くことで、現実をあがなうのだろう。
 ついに、オリエンタル・ランドの一つ Hong Kong がエルガーから龍牙に受け継がれた。黒の力を生み出すことのできる強力な Land であった。
「そんなことが・・・」
 話には聞いたことはあったが、実際に力を受け継いだり、また、オリエンタル・ランドが実在することすら目の当たりにしたことのないアルフにとっては夢のようなできごとだ。
 エルスもまた、想像を絶する事態に空を見上げたまま押し黙ってしまっていた。
 しかし、一番困惑していたのは龍牙自身であった。エルガーが後継者に自分を選んだ事実。そして、あの時のリンダの瞳は自分に向けられたものではなかった。あれほど、心がときめき、また、悲しかったことがあったろうか。今も、どうにもならない情念が彼の体の中を駆けめぐっている。何か大きな力に突き動かされて、止めることの出来ない事態が起こる予感がしていた。
「どうして・・・、俺の中に・・・」
 龍牙は頭の中で反すうしていた。人の想いは簡単に消えることはない。まるで、Hong Kong が一つの人格を持っていたかのように、彼の心を暖かく包み込んでいたのも事実だ。その温もりを感じられるからこそ、同居する想いが自分の中で反発しないかと恐れを覚える。彼が、エルガーが託したモノは果たしてこれだけだったのか。それとも・・・。いや、余計なことは考えるまい。と、空を見上げる。
 月が雲の間から輝かしい姿を現した。しばらくの間、彼らの心を癒すようにその優しい光りを送り続けるのだった。
 大きな歴史のうねりが今確実に始まろうとしている。大陸全土にあまねく照らされた光りの下に、伝説がよみがえろうとしていた。この事件はその1歩目に違いなかった。